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文章中に記載されております各企業様の社名は、年代をさかのぼり当時の社名で記載しております。最新の情報と異なる場合がありますのでご了承ください。


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第六章 充実期(昭和40年代)社訓十則に企業姿勢

社訓と社訓十則を制定

 昭和46年はドルショックに続き、変動相場制移行(8月)で経済が大きく揺れた。内航は長引く不況の中で貨物船の第2次共同係船案も検討されていた(47年3月実施)。こうした変動に対応するため、青野海運株式会社では組織強化を図った。まず人事では青野溥(次男)と正(三男)を取締役に昇格した。さらに監査役・永易吉示を選任。 10月1日付で職制を改革して総務部、経理部、業務部、管理部の4部制をとり機構の充実を図った。青野溥は昭和38年に大学を卒業し、青野海運株式会社に入って大阪・桜島出張所に6年ほど在籍したが、しばらく家業から離れてみたいと、2年間自立していた。重馬から「帰ってこい」と厳命され、丸重商事株式会社に入社した。ちょうど電気銅の切断を手掛けていた頃で、現場作業のかたわら事務を担当してきた。
 さらに、同社の経営指針である『社訓』と『社訓十則』を制定した。社訓はいわば総論、社訓十則は各論である。
 
 

 

 
 昭和43年3月 社宅は3棟とも完成した
昭和43年3月 社宅は3棟とも完成した

監査役・永易吉示
監査役・永易吉示



【社  訓】 神恩に報謝し、社業に
  励み、社会に奉仕する。
【社訓十則】 一、 実  意
  二、 丁  寧
  三、 正  確
  四、 敏  速
  五、 健  康
  六、 明  朗
  七、 安  全
  八、 和  協
  九、 創  意
  十、 垂  範
 
 

社訓

 
 金光教に深い信仰を持つ重馬がこれまでの企業経営、社会貢献から生み出したポリシーをもとに、精神的、宗教的な考えを裏打ちした社訓十則であった。
 社員を前に会長の市太郎は「社員の和協を期待する」として所見を述べた。
 「我が社は、創業以来関係企業のご理解、ご協力と誠実な社員の精励、神のご加護によって社業の伸展を見て今日に至りました。
 ニクソンショックによって表れたアメリカの政策は、我が国経済の大きな動揺を招来しております。その影響は敏感に我が社の重要取扱品目である液安の流通面にも表れて参りました。
 一面、幸いにも東予製錬所の誕生を見ております。とも角、予想できる厳しい内外の情勢に対応し、従来格別のご愛顧をいただいている住友関係各社に対する我が社の使命を達成するため、今こそ覚悟を新たにして社員の和協により、社業の堅実な発展を図るべきであると信じます。ここに、社員諸君の健勝と社業への精励を期待します。」
 また、社長である重馬は「社訓十則」について、社会、日常生活などに触れながら、次のような所信を表明した。
 「1970年代は激動と躍進の時代であると言われて参りましたが、初年度において既に大波乱が起こり、国際的にも国内的にも多難の様相を呈し、早急には解決の見通しも立たない現状であります。今こそ国民総反省、総決起の秋であると考えます。このことは我が青野海運株式会社並びに丸重商事株式会社にとりましても例外ではありません。ニクソン恐慌の冷波はしぶきを立てて迫って来ております。さらに世界の風潮は経済優先から生活優先へ、人間尊重の本然の姿に復帰しつつあり、この過程において生ずる企業と公害の問題、スピードと大型化の時代を迎えての企業の体質改善、安全確保の問題など多くの困難な課題に直面しております。この秋に当たって私達は想いを新たにして力を合わせて禍を福とし、難をみかげとする大転換をなしとげなければならないと考えております。これがためにはまず会社の機構の改善強化を図り、お互いの力を十分に発揮させることが大切であると考えます。この意味から今回は総務部、経理部、業務部、管理部の4部制を採用し、機構の拡充強化を図るとともに、社業をより計画的に、より積極的に推進発展させるため、審議機関として企画審議会を設置し、社業の画期的な伸展を期せんとするものであります。ここにおいて我が社の憲法とも申すべき社訓十則について、改めて所見を述べたいと思います。」
 「まず、社訓でありますが、『神恩に報謝し、社業に励み、社会に奉仕する』と申しますことは、この世に生を得たものは等しく万物を生成する天地の大生命、永遠不滅の大生命によって生かされ恵まれているものでありまして、この恩恵に浴しないものは無いと信じます。この事実をしっかりと感得しなければなりません。人間は万物の霊長として、また、神の氏子としてこの自覚に立って実意をもって自己のなりわい(業)に励めば、そのこと自体が即ち神に対しては報謝となり、社会国家に対しては奉仕となるものであるとの信念と自信を深めることができ、ここにはじめて社会に対する誇りと歓びと意義を体認することができると信じます。」
 「次に社訓十則についてでありますが、この十則は社訓の主旨精神から生まれてきた業務姿勢であり、日常生活の基本態度であります。従ってこの社訓十則を体して感謝と誇りと歓びをもって社業に取り組めば、いかなる難儀も必ず乗り切ることができ、ここに解決への道が開けて来るものと確信しております。私達は今日までこの信念と自信をもって、毎朝誓詞を称え、お互いの決意を固め合い、日々、神恩に報謝し、社業に励み、社会に奉仕して参ったのであります。どうか皆さん、各自の生活を通じて社訓十則の意義と精神をより深く、より広く理解、体得していただき、充実した希望のある、そして健康な日々の生活を、あなたの親愛するご家族の皆様とともに営まれることを念願して止みません。」

公職にも力を注いだ重馬

 この重馬の所信は、企業は安定した経営状態が基本であり、人に迷惑をかけてまで儲けるな、という信念に深く根ざしていた。「これだけ売り上げがあるのだから、このくらいの税金を払わなければ恥ずかしい」ともよく語っており、社会への奉仕に徹した。その頃の重馬の公職をみると、新居浜市議会議員、新居浜商工会議所常議員のほかに新居浜港務局委員会委員、新居浜港湾運送協会副会長、四国港運協会理事、四国港湾福利厚生協会評議員など歴任。企業と公職の忙しい日々を送っていた。もともと体が強い方ではなく、毎日決めた時間に脈を測ったり血圧を測ったりして体調をコントロールした。そして物事に動じない精神力と集中力で自らを律し激務に耐えていた。

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青野海運グループ史

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